Nov 02, 2010

必ず思い出に残る卒業旅行

卒業旅行というのは、他の旅行や、修学旅行とは異なり、特に記憶に残るものだと思っています。私も高校を卒業する際の注意合った友人と4人、友人の一人が車の免許と車を持っていたので、その車に乗って1泊2日の卒業旅行に出かけました。日付は短かったが、テーマパークに行ったり、宿の温泉と食事を楽しみ、と、非常に楽しい二日間でした。
紅葉の季節になりました。どこか国内旅行したいと思います。旅行とは日常生活とかけ離れた特別な時間を過ごすことができます。海外旅行なら飛行機の移動時間も長いので、一日も良いものがサクッと気軽に国内旅行したいと思います。毎日、子供たちに叫ぶだけの人生は、一日の休暇を取得する場合、どこに行こうかな。そんなことを考えるだけでワクワク心が和らいでいます。
 京都府南丹市美山町田歌の八坂神社に伝わる祇園祭(府登録無形民俗文化財)が14日あった。豊作などを祈る伝統の祭礼で奴(やっこ)、天狗(てんぐ)、ひょっとこ、お多福、爺(じじ)と子どもの鬼が行列を組み、集落内を巡行。神社で神楽を奉納した。
 今年は早々に梅雨が明け、猛暑の中で催された。奴3人は巡行途中で数回立ち止まり、「ヤトーセー、ヤトーナ」の独特の掛け声を出して踊った。神社に着くと氏子や奴らが笛の音に合わせ、順番に太鼓を打ち鳴らした。
 最後に爺、お多福、ひょっとこが追い回すような軽妙なしぐさで舞い納めた。氏子や写真愛好家らも、汗をふきながら楽しんだ。
 今秋の国民文化祭開催を受けて、地元の知井小の全校児童約30人が見学した。田歌神楽保存会の野口義次会長(77)は「今年も若い人たちが参加し、家内安全を祈願できた」と笑顔を見せていた。

 建設中の環状2号沿いに新築された新橋プラザビル(港区新橋5)に「アクア個室スタジアム 水都の饗宴 新橋店」(TEL 03-3578-1691)がオープンして1カ月が過ぎた。運営は飲食店を全国展開する川中商事(大阪市)。(新橋経済新聞)

 同社は新橋・有楽町・浜松町にドミナント展開しており、同店はエリア12店舗目。「水都の饗宴」業態は全国に10店舗ほど出店。都内では渋谷・有楽町に続く3店舗となる。店舗面積は55坪とテラス。席数は、全席個室の屋内=19室140席、屋外のテラス席=70席。オープンは6月2日。

 店内に設置されたアクアリウムは11槽。全室と廊下で涼しげなアクアリウムを楽しむことができる。水槽内にはグッピーなどの熱帯魚が泳ぐ。専門の会社が定期的にメンテナンスしており、餌はスタッフが与える。

 フードメニューは、「アボカドのイクラ和え わさびじょうゆ仕立て」(703円)、「ハワイアンポキ」(714円)、串揚げ(315円〜)、「ニョッキ」(各787円)、「築地直送 新鮮お造り盛り合わせ」(1,029円〜)など和洋折衷の創作料理約100点。ドリンクは、ビール(525円)、ハイボール(368円)、日本酒、焼酎(以上399円〜)、カクテル、梅酒(以上525円〜)など、130種類をそろえる。

 同店の入る新橋プラザは「新橋らしくないおしゃれなビル」として話題を集めており、客層もカップルや女性も多いという。新橋では週末休業の飲食店が多いが、同店は土日も営業する。「平日はサラリーマンが中心で、土日は若い人が増える」と同社関東営業部新橋エリア担当・馬場航さん。「9月には同業態の新橋2号店をオープン予定」とも。

 営業時間は、17時〜24時。金曜のみ翌5時まで。

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水都の饗宴(ぐるなび)


 ◇誓い新たに「二度と戦争を起こさない」−−市立堀原小の5、6年生148人に
 66年前の8月2日にあった水戸空襲当時、三の丸国民学校(現三の丸小学校)で教師をしていた塩谷みどりさん(85)が14日、語り部として市立堀原小の5、6年生148人に対し、戦時中や戦後の体験を語って聞かせた。質疑応答を通じて「二度と戦争を起こさない」との誓いを新たにした。【山崎明子】
 「那珂川は一面火の海。教え子の中で家が焼けなかった子はいません」。塩谷さんは水戸空襲当時の様子を生々しく語った。
 市によると、空襲では8月2日午前0時半過ぎから約1時間45分、米軍のB29爆撃機による焼夷(しょうい)弾爆撃が続き、300人以上の死者が出た。現在市内には、戦争体験を後世に伝える語り部として塩谷さんを含む7人が登録。10年度から市が小中学校への派遣事業を行っている。
 塩谷さんは警戒警報発令で職場に駆け付け、街が燃えるのを目の当たりにした。バリバリと激しい音がして外を見ると、水戸駅や中央郵便局の辺りが燃えていた。学校にも火がつき、バケツで消火しようとしたが間に合わず、布団をかぶって那珂川に避難した。
 「川面には、上空からまかれた油に火がついて流れていた。夜が明けて学校に戻ると、地面が熱かった」。塩谷さんは振り返った。がれきの山と化した街の様子を、当時の新聞は戦意喪失の原因となるからと、ほとんど報道しなかったという。
 「戦争について本を読んだり、お年寄りから話を聞いてみてください」と呼び掛ける塩谷さんに、児童からは「なぜ日本はアメリカと戦争をしたのか」などと質問があった。塩谷さんは「いろんな国との対話がうまくいかなかったからで、皆さんは戦争が起きないように知恵を絞ってください」と答えた。6年生の和田静龍君(11)は「戦争を完全になくすのは難しいが、できることを積み重ねて実現したい」と話した。

7月15日朝刊

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