Jun 22, 2010
必ず思い出に残る卒業旅行
卒業旅行というのは、他の旅行や、修学旅行とは異なり、特に記憶に残るものだと思っています。私も高校を卒業する際の注意合った友人と4人、友人の一人が車の免許と車を持っていたので、その車に乗って1泊2日の卒業旅行に出かけました。日付は短かったが、テーマパークに行ったり、宿の温泉と食事を楽しみ、と、非常に楽しい二日間でした。国内旅行どこが良かったのか友人の話をしたが、友人は、九州が良かったようです。湯布院などの温泉がよかったこと。行ってみたいと思っていました。私は北海道と答えました。やはり国内旅行なら北海道行っておかないとねと言う話になりました。友達も北海道でも良いと感じていたようです。ラベンダー畑などの話が含まれていません。今度一緒に行きたいという話をしてしまいました。
勝利を笑顔で喜ぶ選手たち。くしゃくしゃの泣き顔で敗退の悔しさを語る主将。全国高校野球選手権島根大会は開星の優勝で幕を閉じたが、大会中は度々、遠く離れた高校生の妹を思い浮かべた。球児たちが全身全霊込めて野球する姿は驚異でもあり、妹にも何か全力で打ち込めることがあることを願った▲私の高校生活といってまず思い出すのは、中華料理店やイタリアンレストランでのアルバイト。土日になると朝から晩まで姿を消す娘を見て、親は「勉強しなさい」と口うるさく告げた。私は客をもてなし、頑張って仕事することで得られる上司や同僚からの評価に満足感を見出していた。振り返ると「何をしていた」より、どれだけ主体的に取り組めたかが大切だと思う▲「野球をできる幸せをかみしめたい」。大会中、球児がよく口にしていた。本当にその通り。好きなことに、存分に打ち込めるのは素晴らしい。その道で実績が上がれば、なおさらだ。島根中が熱くなる試合を開星ナインに期待している。【宮川佐知子】
7月31日朝刊
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益田赤十字病院が産科医不足のため分娩(ぶんべん)受け入れを制限することで、他の医療機関に通院しなくてはならなくなった妊産婦を対象に、益田市は定額制の助成制度を導入する。同様に多くの妊産婦が通院先の変更を迫られる周辺の津和野、吉賀両町はすべての妊産婦を対象に通院への補助を決めた。いずれも9月議会に提出する補正予算案に盛り込む。
市地域医療対策室によると、対象は同病院から他の医療機関を紹介された妊産婦。同病院が妊娠33週目までの健診は継続するため、分娩と出産後1カ月健診を含め計7回の通院を想定。JR益田駅から紹介先の最寄り駅までの運賃をもとに医療機関ごとに算定した1万1000〜5万円を助成する。紹介後3カ月以内に市役所か美都・匹見両総合支所に申請する。
一方、津和野、吉賀両町は、受け入れ制限をきっかけとし、「安心・安全に出産できる態勢づくりが定住対策にもつながる」として全妊産婦を対象とした。標準的な妊婦健診、分娩、1カ月後健診を含め計16回が上限。分娩後3カ月以内に申請する「後払い」方式を採る。
津和野町は、妊産婦の最寄りのJR駅から通院先の最寄りJR駅間の往復運賃と、通院先の最寄り駅から医療機関までの往復バス運賃を助成する。吉賀町は、妊産婦が自宅から公共交通機関で移動する運賃相当額を助成する。【江田将宏】
7月31日朝刊
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診療病院 28日現在
医療 26日現在
3月号
◇縄文後期、県内で初
益田市教委が発掘している縄文時代の集落跡「匹見町山崎遺跡」(益田市匹見町澄川)で、約4000〜3000年前の縄文後期の竪穴住居2棟が見つかり、うち1棟の中心部から縄文式土器を地面に埋め込んだ「土器埋設炉」が県内で初めて出土した。市教委文化財課は31日午前10時半、現地説明会を開催。出土した状態の炉を見学できる。
同課によると、山崎遺跡は匹見川と能登川合流点の河岸段丘上の集落跡。一帯では約8000年以上前の縄文早期〜後期の土器や石器など約5万点が見つかった。約4000平方メートルの平地に縄文後期の約1000年間、断続的に集落が営まれていた。
住居跡の一つは直径約3メートルの円形。土器の上部を切り取って埋めた直径約30センチの埋設炉があった。煮炊きや暖房に使ったとみられる。山陰地方では鳥取県の智頭枕田遺跡で土器を完形のまま埋めた埋設炉が見つかっているが、県内では出土例がなかった。もう1棟は約5メートル四方で、石を周囲に立てて作った「石囲い炉」があった。
一般的な縄文時代の遺跡と比べて漁網のおもりが多量に見つかっており、同課は「豊かな川魚を主な食料としていたのでは」とみている。【江田将宏】
7月31日朝刊
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